影向山清立寺

寺号 

影向山清立寺 ようこうざんせいりゅうじ

宗派

浄土真宗本願寺派

本尊

阿弥陀如来

 

沿革

明応年中(1492?1500)、旧青海村(現・青海町)に開基の僧・正本が「青立寺」(せいりゅうじ)を建立しました。第3世住職・正品は天正131585)豊臣秀吉の四国征伐で落城した天霧城城主・香川信景の嫡子と伝えられています。(寺記より)のち寛永18(1641)頃現在地に移転し、六間四面の本堂を建立、宝永2年(1704)京都本願寺の許しをえて、寺号を「清立寺」と改めました。現在地へ移転の際、青海川の川石が運び込まれたと伝えられ、今も境内には無数の栗石が敷き詰められています。 本堂は、享保12(1727)に再興され、文政8(1825)に再建、昭和63(1988)に大修復され、同時に山門、経堂(現納骨堂)も修復され今日にいたっています。

また書院は昭和63年に、庫裡は平成19年3月に新築されました。

 

本堂のふすま絵

大原萬年・画。円山派の流れを汲む大原東野の一人息子。江戸時代末期に琴平町に生れる。名は紳。号は香山。後に萬年と称した。絵技に優れ、大いに将来を嘱望され、鹿を描くのが得意であったが、若くして没す。没年は不詳。(町史ことひら第四巻より)